英ポンド・カナダドル・スイスフランのトレード戦略...

英ポンドはかつての基軸通貨?

イギリスは、19世紀以降次々に植民地を拡大させつつ、過酷な労働を奴隷に強いて経済活動を拡大させたことにより、世界に冠たる経済大国となりました。

 

しかしながら、第一次世界大戦語は、アメリカにその座を譲ります。

 

かつては、イギリスのポンドが世界の基軸通貨でしたが、1932年には、米ドルが英ポンドに代わって国際通貨になったからです。

第二次世界大戦後のイギリス経済は?

第二次世界大戦後は、スローガンに「ゆりかごから墓場まで」を掲げ、いち早く福祉国家を作り上げましたが、これが経済の停滞を招き、1960年以降は、長きにわたり「イギリス病」と呼ばれる不景気に苦しみました。

 

その後、1980年代になると、サッチャー首相が経済再建のための急進的な構造改革を実施したため、景気は好転し、「イギリス病」を克服することに成功しています。

 

しかし、この改革に伴い大量の失業者が出てしまったことを受けて、保守党から労働党のトニー・ブレアに政権交代しています。

 

これにより、市場一辺倒だった政策が修正され、その後の経済は長期間成長することとなります。

 

◆英ポンドのトレード戦略は?
イギリスは、2006年には、インフレ懸念から政策金利を徐々に引き上げていったため、金利は高止まりしていました。

 

英ポンドは、有利なスワップポイントを得られることから、FXで取引される通貨のなかでも高い人気を持っています。

 

また、英ポンドは、ボラティリティも高いので、デイトレードにも向いています。ただし、高いリターンが期待できるということは、その分高いリスクも伴うということですから注意が必要です。

 

相場の見通しを誤れば、大きな損失を被る恐れもあるからです。よって、英ポンドを取引する際には、あまり高いレバレッジをかけすぎないようにしたいです。

 

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ポンド/円のトレンドは?

日本が固定相場制を採用していた頃のポンド/円相場というのは、およそ1ポンド=1,000円だったのですが、1995年には史上最安値の1ポンド=129円台をつけています。

 

その後、ポンド/円相場は上昇トレンドとなり、2006年後半からはBOEが利上げに前向きな姿勢であることが好感され、英ポンドが買われたことから、2007年には、およそ15年ぶりの高値となる251円台をつけています。

 

しかし、その後のサブプライムショックにより、2009年1月には、1ポンド=118円台の安値をつけています。

 

◆英ポンド相場の変動要因は?
英ポンド相場の変動要因も、他の通貨と同様、経済指標や要人発言になります。それに加えて、英ポンドの場合には、原油相場の動向にも注意したいところです。

 

というのは、イギリスは世界第9位の原油輸出国だからです。ちなみに、現在、北海油田では、1日あたりおよそ600万バレルが産出されています。

 

そのため、カナダドルや豪ドルほどではありませんが、原油相場も英ポンドに影響を与えます。

 

◆英ポンドのリスク要因は?
英ポンドのリスク要因としては、次のようなことが考えられます。

 

■ユーロへの参加動向
■アイルランドの動向...など

 

◆ポンド/ドルのトレンドは?
ポンド/ドルは、2001年には1.4ポンド近くまで下落しましたが、それ以後は、英国経済が堅調に推移していることを受けて英ポンド高になっています。

 

また、英国には北海油田があり、原油相場がポンド相場に影響を与えていることから、ポンド/ドルの上昇には、原油高が寄与しているとみることもできます。

カナダの主要産業・貿易等は?

カナダの主要産業・貿易等(2006年)は、次のとおりです。

 

■人口
・3,161万人

 

■主要産業
・金融、保険、不動産業、製造業、商業

 

■失業率
・6.3%

 

■物価上昇率
・2.0%

 

■主要貿易相手国
・輸出:米国、英国、日本、中国
・輸入:米国、中国、メキシコ、日本

 

■主要貿易品目
・輸出:工業製品、エネルギー製品、機械機器、自動車・関連製品
・輸入:機械機器、工業製品、自動車・関連製品、その他消費財

 

■貿易額
・輸出:4,557億カナダドル
・輸入:4,044億カナダドル

 

◆英国の植民地時代
カナダに初めに住んでいたのは、アジアから数千年前にシベリアとアラスカを結ぶ陸の橋を渡って到着した先住民であると考えられています。

 

その後、16世紀にフランスとイギリスの探検家が大西洋岸を往来し始め、やがて植民地利権をかけた激しい争いが起き、17世紀初頭には両国の定住入植地が建設されています。

 

そして、1759年にパリ条約が締結されると、その後100年以上にわたり、全植民地が英国の支配下に置かれました。

 

◆カナダ自治領時代
1867年1月1日に、カナダは次の4つの州からなるカナダ自治領になっています。

 

■ノバスコシア ■ケベック ■オンタリオ ■ニュープランスウィック

 

その後、他の州や準州が順次カナダに加わっています。

 

◆第二次世界大戦後は?
第二次世界大戦以前は、ほとんどの移住者がイギリス諸島や東ヨーロッパの出身だったのですが、1945年以降は、次のような国や地域からの移住者が増加し、豊かな文化が生まれています。

 

■南ヨーロッパ ■アジア ■南米 ■カリブ海諸国

 

また、1982年にはカナダ自主憲法が成立し、イギリスへの法的従属性が解消されました。

 

さらに、1992年には、北米自由貿易協定「NAFTA」に参加し、北米3国間(米国、メキシコ、カナダ)交流も促進しました。

 

◆カナダの経済・資源は?
カナダはG7の一員でもあり、先進国の仲間入りを果たしていますが、財政収支と貿易収支ともに黒字を維持していることが注目されています。

 

また、カナダは、ウラン、金、原油の産出国であり、カナダドルは、オーストラリアと同様、資源国通貨です。なので、カナダドルは、原油価格や金価格の動向に左右されます。

 

ただし、同じ資源国通貨でも、カナダの金利水準というのは、オーストラリアやニュージーランドよりもかなり低いので、金利狙いで買われることはないといえます。

カナダドル/円のトレンドは?

カナダは、1992年に北米自由貿易協定(NAFTA)に参加し、米国との経済的な結びつきが強化されました。

 

これにより、その頃からカナダドル/円相場は、米国経済、さらにドル/円相場に強く影響されるようになっています。

 

つまり、米国の景気が悪化して、米ドル/円が下落した時には、カナダドル/円相場も下落し、反対に、米国の景気が拡大して、米ドル/円が上昇した時には、カナダドル/円相場も上昇する傾向にあるということです。

 

とくに最近のカナダ経済というのは、カナダの輸出の8割が米国向けとなっているなど、ますます米国への依存度が強くなっています。

 

◆カナダドル相場の変動要因は?
2005年の中盤頃から、米ドル/円が下落する一方で、カナダドル/円が上昇するというケースが目立っています。

 

これはどういうことが起こっているのかというと、その背景に、原油価格の高騰や、貴金属相場の高騰があります。

 

つまり、カナダは米国経済の影響を受けるものの、為替相場においては、それよりも資源国通貨としての特徴がより強く反映されるということです。

 

よって、カナダドル相場の変動要因として、まず第一に注目すべきなのは、原油相場の動向ということになります。

 

ちなみに、カナダの原油埋蔵量は、全世界の埋蔵量のおよそ15%を占めていて、これはサウジアラビアに次ぐ世界第2位の地位を誇っています。

 

◆カナダドルの買い材料は?
近年、中東地域での政情不安が起こった時にも、安定して石油が供給できるように、中東以外の地域からの原油輸入を増やそうと考える国が増えています。

 

そうしたなか、カナダがその候補となる可能性を秘めていることは、カナダドルにとってはプラス材料といえます。

 

また、カナダ経済が堅調に推移していることを背景に、2007年11月にはカナダドル/円相場は17年ぶりの125円台をつけました。

 

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スイスの主要貿易品目等は?

スイスの主要産業・貿易等(2006年)は、次のとおりです。

 

■人口
・746万人

 

■失業率
・3.3%

 

■物価上昇率
・1.1%

 

■主要貿易相手国
・輸出:約60%が対EU諸国です。
・輸入:約80%が対EU諸国です。

 

■主要貿易品目
・輸出:機械・機器、化学製品、金属等
・輸入:機械・機器、化学製品、自動車等

 

■貿易額
・輸出:1,414億1,700万ドル
・輸入:1,321億1,500万ドル

 

◆スイス経済の動向は?
スイスの経済に関しては、2003年にはマイナス成長に陥りましたが、2004年以降は好調な内需と世界経済の回復を背景とした輸出の増大に支えられて、2005年は1.8%、2006年は2.7%の成長を遂げています。

 

◆スイスの失業率は?
スイスの失業率は、2001年秋にはスイス空港お破綻に伴う大量解雇などが影響して、2003〜2004年は4%台を記録しましたが、好調な経済を反映して、2006年には3.3%まで下がっています。

 

◆スイスの建国の日は?
スイスの建国の日は、1291年に次の3つの州が盟約者同盟を結成した日となっています。

 

■ウリ州 ■シュヴィーツ州 ■ウンターヴァルデン州

 

その後、1798年には、フランス政府からの圧力によって盟約者同盟が解体され、傀儡国家のヘルヴェティア共和国が成立します。

 

しかしながら、「近代憲法に基づく中央集権国家」という体制はスイスの国情に合わなかったため、1802年には崩れてしまいます。

 

そして、翌年の1803年には、ナポレオンの仲裁によって盟約者同盟が復活し、1815年のウィーン会議から現在に至るまで、スイスは永世中立国として歩み続けています。

 

◆第二次世界大戦後は?
第二次世界大戦後は、何度か国際連合加盟の是非を問う国民投票が行われたのですが、結局、賛成が一定数に達しなかったため見送られてきました。

 

しかし、2002年には、加盟賛成派が一定数を超えたことから、国際連合への加入を果たしています。

スイスフランのトレンドは?

スイスフランというのは、地域紛争やテロなどが勃発したときに買われる傾向があります。

 

冷戦中は、とくに有事のスイスフラン買いが対米ドルで目立ちましたが、これは冷戦の当事者が米国だったからです。

 

ちなみに、1970年頃に4.30ドル台であった米ドル/スイスフラン相場は、冷戦終結の1989年末時点には、1.30ドル台にまで下落しました。

 

それほど、米ドル売り・スイスフラン買いが活発だったのです。そして、1995年4月、ドル/円が市場最安値をつけたときには、1.10ドル台にまで下落しています。

 

つまり、米ドルが売られる局面においては、スイスフランが買われる傾向にあるということですから、米ドルが弱含んでいるときが、スイスフランへの投資のチャンスであるともいえそうです。

 

◆スイスフラン/円のトレンドは?
2000年9月にはスイスの景気が悪かったこともあり、対円で58円台にまで売られましたが、その後はもみ合いが続いています。また、2006年以降は上昇トレンドが続いています。

 

なお、スイスフラン/円は、豪ドル/円やNZドル/円など高金利通貨のような魅力はありませんが、永世中立国という立場から、地域紛争やテロなどが起きた際には、資金の逃避先として選択される通貨であるという特徴があります。

スイスフランの値動きの特徴は?

スイスフランの値動きは、対ドルで見た場合には、ユーロと似たような動きになっています。これは、スイスの貿易対象地域の9割がユーロ経済圏ということが大きいといえます。

 

なので、ユーロが米ドルに対して強くなると、スイスフランも米ドルに対して強くなり、反対に、ユーロが米ドルに対して弱くなると、スイスフランも米ドルに対して弱くなる傾向があります。

 

なお、ユーロとスイスフランが対ドルで似たような動きをするということは、対円でも同じことがいえます。

スイスフランの特徴は?

スイスフランは、9.11同時多発テロ以降、「有事のドル買い」という傾向が後退する一方で、避難通貨としての地位が向上しています。

 

2003年のイラク戦争開始時、2006年の北朝鮮によるミサイル発射、イスラエル軍のパレスチナ侵攻の際には、いずれも有事のスイスフラン買いが、対円でも活発になっています。

 

しかし、有事のスイスフランというのは、それほど長く続くわけではないという点については、注意が必要になります。

 

というのは、スイスフランは、何か大きな事件が起こった際には、瞬間的に買われるものの、少し時間が経つと、何事もなかったように元の水準に戻ってしまうからです。

 

こうしたことを考慮しますと、スイスフランは、どちらかといえば短期トレード向きの通貨といえるのかもしれません。

 

また、金利水準も低いですから、スワップポイント狙いで投資するのにも向かないといえます。

 

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