商品先物取引の納会と限月〜/ナンピンと踏み上げ〜/人民元の管理変動相場制への移行...

サヤとはどのような意味ですか?

サヤというのは、「利サヤ」とか「値サヤ」ともいい、通貨や株価等の価格差のことをいいます。具体的には、次のようなものがあります。

 

■複数の銘柄間における価格差
■同一銘柄における買値と売値の価格差や市場間の価格差
■同一銘柄における限月間の価格差(先物取引の場合)...など

サヤの由来は?

「サヤ」というのは、江戸時代に、米相場で限月間の価格差のことを「差也」と表記していたことに由来するという説があります。

 

なお、現代では、サヤを漢字で「鞘」と表記しますが、これは当て字です。

 

◆サヤ取りとは?
サヤ取りというのは、銘柄間や限月間のサヤに着目して、利益を得ようとする取引手法のことをいいます。

 

具体的には、売りと買いをセットで実行する、いわゆる「両建て」を行って、サヤの金額が拡大、あるいは縮小したところを狙って、決済します。

 

ちなみに、FXでもサヤ取りは可能ですが、その場合は、通貨ペア間(ドル/円とユーロ/円など)のサヤに着目して行います。

 

◆材料とは?
材料というのは、相場の値動きに影響する要因のことをいいます。

 

一般に、相場を上昇させる要因は、「好材料」「強材料」「上げ材料」などと呼ばれ、逆に、相場を下落させる要因は、「悪材料」「弱材料」「下げ材料」などと呼ばれます。

商品先物取引とはどのようなものですか?

商品先物取引というのは、あらかじめ一定の期日までに現物の受け渡しを約束した上で、その商品の価格を現時点で決めておく取引のことをいいます。

 

◆商品先物取引の歴史
商品先物取引は、現在では、米国のシカゴマーカンタイル取引所(CME)が世界の代表的な先物取引所とされていますが、先物取引自体の歴史については、欧州や日本の方が古いです。

 

欧州では、英国のロンドンで1568年に、日本では江戸時代中期(1730年代)に大岡越前守忠相によって堂島米相場会所が認可されました。

 

◆納会と限月について
納会(のうかい)というのは、先物取引における最終期限のことをいい、限月(げんげつ)というのは、納会を迎える月のことをいいます。

 

◆建玉とは?
建玉(たてぎょく)というのは、その契約が成立した約定のことをいいます。

 

また、原則として、買い建玉を持っているものは、納会を迎えると取引量(枚数)に見合った現物を引き取り、売り建玉を持っているものは、取引量分の現物を引渡さなければなりません。

 

ただし、必ずしも現物の引渡しを必要とするわけではなく、納会前に反対売買によって決済し、その差額を清算すれば取引を終えられます。つまり、差金決済を行えばよいということです。

 

◆限月とは?
限月(げんげつ)というのは、先物取引などにおいて、売買契約が成立した約定を決済または受け渡しをしなければならない期限の月のことをいいます。

 

通常は、取引所取引が行われる商品に対して用いられます。なお、店頭取引等の場合は満期日、行使権限日などと呼ばれます。

 

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ナンピンとはどのような手法ですか?

ナンピン(難平)というのは、相場が保有しているポジションに対して不利に動いた場合に、買い増しあるいは売り増しして、ポジションの平均値を調整する手法のことをいいます。

 

◆ナンピンの語源は?
ナンピンは、漢字では「難平」と書きます。これは、「難」は相場の変動で出た損失を表し、「平」は平らにするという意味で用いられています。なお、ナンピンの「ピン」は、中国語読みです。

 

◆ナンピン買いとナンピン売り
ナンピンには、ナンピン買いとナンピン売りがあります。具体的には、ナンピン買いは、買った値段から値下がりしたところで買い増しして、買値の平均を下げる手法です。

 

他方、ナンピン売りは、売りから入った場合に、売った値段から値上がりしたところで売り増しして売値の平均を上げる手法です。

 

◆ナンピンのデメリットは?
ナンピンは、一見すると便利な手法にも思えるのですが、買った(売った)後に続落(続騰)すればさらに損失が膨らむことになりますので、注意が必要になります。

 

また、「下手な難平、大怪我のもと」という相場の格言にもあるように、初心者には不向きな手法とされています。

 

◆踏み上げ(踏み)とは?
踏み上げ(踏み)というのは、思惑が外れて不利な方向へ相場が動いたときに、損失を覚悟で空売りしていたポジションを買い戻すことをいいます。

ドバイG7会議は人民元に対してどのような案が出されたのですか?

2003年9月20日にドバイでG7が開催されるのを前に、アメリカ、日本、ドイツの3か国で実務者レベルの会議が開かれました。

 

これは、安すぎる中国の人民元への対応が目的でした。

 

当時、世界中に出回っていた安いコストの中国製品は、各国の製造業者の価格競争力を弱めるだけでなく、デフレを助長しているという批判が多かったからです。

 

特に、アメリカの貿易収支赤字の大部分を中国が占めていたので、アメリカ政府や議会は中国の人民元が安く放置されていることが元凶であると結論づけたのです。

 

そこで、アメリカのテーラー財務次官は、ドバイのG7会議で中国政府が柔軟な為替政策に転換することを促す趣旨を共同声明の中に盛り込もうと考えたのです。

 

この3か国の実務者協議は、G7の当日まで続き、話し合いでは「柔軟な為替相場(flexible exchange rate)」を求める方向でまとまったものの、本会議では欧州中央銀行総裁から「為替相場の一層の柔軟性(more flexibility in exchange rate)」という表現に変える案が出され承認されました。

 

◆日本への影響は?
当時の日本はデフレ脱却の途中であり、円が強くなることを恐れて大量の為替介入を行っていました。

 

ですから、「為替相場の柔軟性が望ましい」という文言は、人民元に向けられたものとはいえ、日本の大量介入への批判ともとられてしまいました。

 

◆ドバイG7会議は成功したのですか?
ドバイG7会議は、人民元の管理された固定相場を崩そうと画策したものでしたが、結果的には失敗に終わったといえます。

 

ちなみに、この会議後、ユーロは米ドルに対して円よりも強くなっています。

2003年の日銀の巨額な為替介入ではどのように円高をコントロールしたのですか?

2003年の日本経済はデフレに陥っていましたので、その克服にはある程度のインフレもやむを得ないとする意見も多くありました。

 

日本銀行は、国内景気を喚起するためにゼロ金利政策を採り、為替についても円高を阻止するために積極的な介入を繰り返していました。

 

ちなみに、このときの為替介入の金額は、1〜3月で2兆3,000億円にも達しています。しかしながら、4月にはついに日経平均株価が8,000円を割り込むまでになってしまいました。

 

◆その頃、アメリカはどうだったのですか?
アメリカも日本と同じような状況で、コストの安い中国製品の輸入も影響して、FRBは恒常的なインフレ率の低下に苦慮していました。

 

そして、2003年5月には、FRBのグリーンスパン議長が、デフレ克服のために政策金利の引下げを示唆すると、アメリカの短期金利が低下するという予測が市場に広まり、1ドル120円から115円まで買われ、さらに円高になったのです。

 

政府・日銀は、この事態に即座に反応し、為替介入で円高を阻止しようと、大量のドル買いに奔走しました。

 

ちなみに、この動きに対して、アメリカ政府は目立った批判はしていません。

 

これは、小泉首相とブッシュ大統領が良好な関係を築いていたということもありますが、介入によるドル資金がアメリカ国債の購入にあてられたので、イラク戦争に突入していたアメリカにとっては、資金的な面で都合がよかったからです。

 

◆為替介入の取りやめ
日本の景気がようやく持ち直してきたのが2004年になってからですが、その3月には、デフレ状況が解消に向かっても巨額の為替介入を続けているとして、グリーンスパン議長が日本を批判しました。

 

この発言を受けてか、3月5日を最後に、政府・日銀は為替介入を取りやめることになったのです。

 

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アメリカと中国の貿易摩擦とは?

中国は安い人民元と低コストの労働力を背景として、中国製品は大きな輸出競争力をもっていました。

 

1994年以来、人民元は、ドル・ペッグ制を採用していましたので、1ドル=8.27元あたりで固定されていたからです。

 

中国政府の経済開放路線も順調に進んでいて、実施経済成長率は今や10%を超える伸びを示しています。

 

これについては当然、中国に生産拠点を移した日本やアメリカ企業にも利益をもたらしたわけですが、同時に、アメリカの対中国貿易赤字は1,600〜2,000億ドルまで拡大し、双子の赤字に悩むアメリカにとっては見過ごすことのできない事態となったわけす。

 

スノー財務長官は「中国からの輸入がアメリカの労働者の雇用の機会を奪っている」と非難したことから、アメリカと中国の貿易摩擦は、次第に政治問題として大きくなっていったのです。

 

◆人民元の管理変動相場制への移行
2005年に胡錦濤主席の訪米が決まったことで、アメリカ国内では8月にも中国の為替レートがより柔軟な方向に変わっていくだろうという観測が広まり、人民元は買い進まれました。

 

しかしながら、中国は、そうした観測をよそに、7月にはドル・ペッグ制からバスケット方式を参照にした管理変動相場制を導入しました。

 

これは、市場では10%程度の切り上げが妥当とされていたのに対して、実質的には2.1%の小幅な切り上げでしたから、アメリカ産業界にくすぶる対中強硬論を解消するには至らなかったのです。

 

◆中国の通貨バスケット制は?
中華人民共和国は、かつて、ドルペッグ制をとっていたのですが、2005年に人民元切り上げを実施し、その際に通貨バスケットを採用しました。

 

なお、シンガポールやマレーシア、バングラディッシュ等でも採用されています。ただし、外貨の構成比率は、国によっても異なり、貿易比率によって決めるのが一般的です。

産油国がドル・ペッグ制を見直すとどうなるのですか?

中近東の産油国のほとんどがドル・ペッグ制を採用していますが、近年は「ドルが弱い」という理由から、これに疑問を持ち始めています。

 

一方、ユーロが新たな基軸通貨の役割を担おうとしていますが、もし、産油国が完全にドル・ペッグ制を見直すとなると、原油価格はドルからユーロ表示になります。

 

そうなると、外貨準備の少ないアメリカは、原油を輸入するためにドルを売ってユーロを購入しなければなりません。

 

原油の最大消費国であるアメリカが、原油輸入のために大量のドル売りを余儀なくされたとしたら、これはドル暴落必至です。

 

これを防ぐために金利を引上げるとすれば、米国経済は大きな打撃を受けることにもなりかねません。

 

◆中東産油国がドルが弱くなっては困る理由は?
次のような理由により、中東産油国はほかのドル・ペッグ制や通貨パスケット制を採用する国々と協力して、米ドルを支えているのです。

 

■外貨準備高の多くをアメリカ国債で保有している。
■ドル・ペッグ制や通貨バスケット制を採用している。
■莫大なオイルマネーを保有している。

なぜ米ドルは基軸通貨の地位を保てるのですか?

中東産油国には、次のような特徴があります。

 

■外貨準備高の多くをアメリカ国債で保有している。
■ドル・ペッグ制や通貨バスケット制を採用している。
■莫大なオイルマネーを保有している。

 

よって、例えば、外貨準備の大部分をドルで持っている最大産油国のサウジアラビアは、ドルが暴落すると大きな損害を被ることになります。

 

また、アメリカが金利を引き上げたら、保有する大量のアメリカの国債の値段は崩れることになります。

 

それだけでなく、極端なドル安はアメリカの威信を失墜させますし、中東におけるアメリカ軍の紛争抑止効果が減少する恐れもあります。

 

当然のことながら、王政維持にとりこの地域の安定は大前提になりますから、アブダビ投資庁は巨額の出資を行っているのです。

 

こうした背景から、ドルは弱くなったと言われつつも、世界の基軸通貨としての地位を保っているのです。

円キャリー取引とはどのような取引ですか?

インフレ率を考慮せずに数字だけを見ますと、日本円は世界の主要国の中でも最も低い政策金利をとっています。また、インターバンク市場においても豊富な資金供給を行っています。

 

これにより、円を調達した外資系金融機関は、その資金を海外で有効活用しているのですが、円キャリー取引というのは、こうした取引のことをいいます。

 

◆円の強みは?
日本の経常収支は黒字が続いていますので、その安定性は抜群です。よって、世界の経済、特に金融が大きく動揺すると、円に回帰する動きが強くなる、つまり、円高になります。

 

サブプライム問題のときの動きはまさにこの典型的な例といえます。対米ドルだけでなく、対ユーロや対豪ドルでもこうした動きが顕著に見られました。

 

かつては、世界で戦争や紛争が起きると米ドルが強くなることがありましたが、現在は金価格が上昇するようになっています。

 

◆円の弱みは?
上記のように、円は世界経済や金融に動揺が起きればいつでも強いのかといえばそうではなく、極東地域の紛争には弱いです。

 

例えば、北朝鮮がミサイル実験をした報道などが出ると円は売られます。なので、今後も中国の国内問題や台湾問題が噴出した際には円は売られると考えられます。

 

◆手掛かりとは?
上記の材料と同様に、相場に影響する要因を表す用語として、「手掛かり」などがあります。

 

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